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類似の事件が戦前にも…日本学術会議の任命拒否問題が深刻な理由

(2020年10月7日東京新聞に掲載)

 日本学術会議の新会員候補6人を菅義偉首相が任命拒否した問題が収まる気配を見せない。菅氏は5日、6人が特定秘密保護法などを批判していたこととの関連を否定する一方、理由は明らかにしなかった。国の考えに反する者は排除し、学問を統制するというのであれば、戦前に起きた天皇機関説事件や滝川事件などとも根底でつながる。自らに不都合な意見を封殺するようなやり方は許されない。(佐藤直子、大平樹)

国に従わない学者を露骨に排除

 「国家が研究者の人事に介入した今回の問題は、戦前の事件を思い起こさせる。圧力をかけて直接、学説変更を迫るものではないとしても、学問の自由を脅かすという点で共通する」。早稲田大の水島朝穂教授(憲法学)はこう語る。

 1935(昭和10)年の天皇機関説事件では、国が意向に従わない憲法学者を露骨に排除しようと画策したことが、米議会図書館に保管されていた文部省思想局(当時)の秘密文書から明らかになっている。

天皇機関説 
 大日本帝国憲法下で確立した学説。天皇は法人としての国家の最高機関であって、主権者ではないとした。東京帝国大名誉教授で貴族院議員だった憲法学者の美濃部達吉らが唱え、当時の通説だった。
 ところが、議会が天皇の意思を拘束できるとするこの考え方は「現人神(あらひとがみ)」とされた天皇の統帥権下で行動する軍部の反発を招き、貴族院本会議で1935年2月、陸軍出身の菊池武夫が国体に背くと批判して政治問題化。美濃部は貴族院議員を辞職し、主著は発禁処分になった。

 思想局は天皇機関説をとっていた19人の憲法学者らに行うべきことを、「早急な処置」「厳重な注意」「注意」の三つに分類。著書の改訂や絶版を求め、応じない場合は

(1)著書の発売禁止、憲法講義の担当から外す

(2)講義休講

 といった報復措置を取ると決めた。その結果、計30冊以上が絶版となり、大半の学者が転向したとされる。

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天皇機関説事件に関し、自宅で記者会見する美濃部達吉(1935年9月撮影)

徹底した弾圧、権威者を狙い撃ち

 水島氏によると、弾圧は徹底していたという。「当時の官僚は、美濃部達吉の天皇機関説を学んで採用試験に合格している。それほど影響力があったため、思想局は美濃部に加えて、機関説を大学で教える他の教授の講義を受けていた学生のノートまでチェックし、細かに調べ上げた」

 33年には、「滝川事件」が起きている。京都帝国大教授で刑法学者の滝川幸辰が行った講演が共産主義的だとして右派の国会議員が問題視し、本人が休職処分に追い込まれ、同大法学部の30数人の全教員が抗議の辞表を出した。 

 内務省は滝川の著書「刑法講義」や「刑法読本」を、内乱罪と姦通罪に関する見解が危険思想とみなし、発売禁止にもした。「2人の権威者を狙い撃ちにし、日本中の学者を黙らせた。『今後、講義で機関という言葉は使いません』と上申書を書いた人もいたほどだった」(水島氏)

今回、政権批判は抑制的に見えた人も対象

 水島氏は今回の任命拒否問題に、危機感を募らせる。

 「安全保障関連法や共謀罪など前政権の政策に反対の姿勢を示していた学者だけでなく、リベラルでも政権批判は抑制的に見えた学者も対象になった。『あの人が狙われるなら、批判しない方がいい』と自制させる威嚇、威迫効果を狙ったのかもしれない。学術会議のことをよく知らない人には『税金を使って政府に盾突くのはけしからん』といった空気を演出して、学問的評価をおとしめた」

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閣議に臨む菅義偉首相(中央)=6日、首相官邸で

 日本学術会議は科学者同士の連携強化と科学振興などを目的に、1949年に設立された。210人の会員と2000人の連携会員で構成し、国内約87万人の科学者を代表する組織だ。

 首相が所管する行政機関で、政府に勧告や提言を行っている。会員は特別職の国家公務員になり、任期は6年。3年ごとに半数の105人が改選される。会員と連携会員が推薦する候補者が任命されなかった例は、これまでなかった。

「死の兵器でも研究に熱中してしまうのが科学者の心理だった」

 学術会議は2017年、「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」とする声明を出している。軍事転用が可能な基礎研究に政府が助成する「安全保障技術研究推進制度」の予算が、前年度の6億円から110億円に急増したのを受けたものだった。反対した東京工業大の山崎正勝名誉教授(科学史)は「軍事強化しようとする政権の動きの一環だった」と説明する。

 安倍政権は13年に「積極的平和主義」を掲げ、武器などの海外移転を原則として禁じる「武器輸出三原則」に代わり、「防衛装備移転三原則」を14年に閣議決定。山崎氏は米国の原爆開発が、第2次大戦中の潤沢な政府予算によって進んだ歴史を引き合いに「死の兵器でも研究に熱中してしまうのが科学者の心理だった」と説明する。

 政府が学問の現場をコントロールするような動きは、それ以前から強まりつつあった。国立大学が04年に法人化され、同年度に1兆2400億円だった「運営費交付金」は12年度まで年1%のペースで削減された。一方、文部科学省などの審査を通れば使える「競争的資金」は同期間で、年約3400億円から1000億円以上増えた。

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