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複雑な家庭で孤独に苦しんだ慶応大生、誰にも言えないつらさに寄り添うチャット相談始める

(2020年9月7日東京新聞に掲載)

 誰かに頼りたくても頼れない、誰にも言えないつらさに押しつぶされそう―。そんな孤独を抱えている人に寄り添いたいと、インターネットのチャット(会話)機能を使った相談活動を始めた若者がいる。慶応大3年の大空幸星さん(21)。運営するNPOと同じ「あなたのいばしょ」と名付けた窓口は24時間365日開かれ、コロナ禍も相まって、家庭での虐待やトラブルなどに悩む人たちの相談が続々舞い込む。活動の原点には複雑な家庭に育ち、孤独に苦しんだ大空さんの願いがある。(佐藤直子)

「私たちにしかできないことを」

 8月下旬、大空さんは「いばしょカウンセラー」と呼んで登録する約400人の相談員に一斉メールを送った。「今夜はできるだけ相談に入っていただけるとありがたいです。私たちにできること、私たちにしかできないことを粛々とやっていきましょう」

 夏休みが終わり新学期が始まるころは不安を抱える子どもが多くなる。今年は新型コロナの影響ですでに新学期が始まっている学校が多いが、最大限の態勢で相談を受けようと考えた。

チャット

チャット相談を日本に根付かせたいと語る「あなたのいばしょ」代表の大空幸星さん=東京都港区で

 「あなたのいばしょ」をスタートさせたのは今年3月。相談者の年齢や性別は問わず、名前を名乗る必要もない。ホームページの相談フォームに相談内容を記入して待つと、1回40分まで相談員と「会話」ができる。秘密は守られる。ボランティアの相談員には医師や保健師も加わっており、相談者の思いに寄り添ってつらさの原因を探し、支援を考えていく。

虐待や性被害、コロナ関連のトラブルも

 相談は各地で外出自粛が始まった3月末以降に急増し、8月末までの半年で約1万件に上った。今も1日100件ほど寄せられる。

 相談者は十代から三十代の若い世代が多く、コロナに関連してのトラブルに苦しむ声も目立つという。閉じこもった家の中で、親の虐待や暴力におびえる子ども。親族による性被害に苦しむ少女。家にいられず会員制交流サイト(SNS)でつながった男性の家に泊まることになったという少女。子どもを虐待しそうだという母親や、夫からの暴力に悩む妻からの相談も。

 「大人も追い詰められているが、親や家庭の影響を強く受ける子どもはもっと追い詰められ、居場所や逃げ場を失っている。コロナ禍で若者が外出するのを非難するような風潮もあったが、家が安全でないから外に逃げざるを得ない学生や若者がいることを知ってほしい」と大空さんは言う。

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チャット相談「あなたのいばしょ」のホームページ

 SNSで誹謗中傷を受けた女子プロレスラーの木村花さんや俳優の三浦春馬さんが急逝した後には「死にたい」という声が続いた。大空さんたち相談員にとって大切なのは「まず相談者につらさを語ってもらい、精神的な安心感や自己肯定感を持ってもらえるよう努めること」なのだという。

声を出さなくていいから緊急時にも

 チャット相談はアメリカやイギリスなど欧米では盛んだが、電話相談が主流の日本ではまだ少ない。「あなたのいばしょ」のように年中無休、24時間体制の窓口は初めてという。時差を生かして深夜の相談に乗る、海外在住の相談員も2割近くいる。なぜチャットにこだわるのか。「若者は電話には心理的ハードルがあるけど、チャットには慣れている。声を出さなくてもいいから、緊急のときも相談しやすいだろうと考えたのです」

不登校、絶望、事件

 つらさを打ち明けられる人や場。それは子どものころから大空さん自身が求めていたものでもあった。

 1998年、西日本の小さな町で生まれた。小学校に入ったころに両親が離婚。父と暮らす大空さんは母の元に行きたがり、毎日のように父とけんかした。心が乱れて不登校にもなった。中学生になると母が暮らす東京に移ったが、再婚していた母とは折り合うことができず、絶望を深めた。

 海外に出たいと思い、高校は海外留学コースがある私立郁文館夢学園(東京都文京区)を受験。3年間担任をしてくれた藤井崇史先生(39)との出会いが、大空さんの心を明るくした。藤井先生は大空さんをいつも気にかけ、「ちゃんと食べろよ」と笑ってスナック菓子を渡してくれたりした。

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大空さん(左)は母校の教室で久しぶりに恩師の藤井先生と語り合った=東京都文京区で

 2年生の終わりに「事件」が起きた。ずっと引きずってきた家庭内の問題が片付かず、大空さんは何もかもが嫌になった。3月のある寒い夜、深夜3時。「この数日死のうと思っていました。しばらく学校に行きたくない」と藤井先生にメールを打った。疲れ果ててそのまま眠ってしまったが、翌朝、メールに気づいた藤井先生が、自宅まで駆けつけてくれた。

 この出来事が大空さんに生きる勇気を与えた。「僕のことをこんなにも思ってくれる人がいる」。問題が解決できなくても頼れる人がいるという安心感を得て、自分の道を歩き始めた。

スタートラインにすら立てない若者

 家庭に問題を抱えていたり、貧困に苦しんでいる若者は、夢や希望をかなえたくても、そのスタートラインにすら立てない。そんな現状を知ってほしいと、高三のときは国会の議員会館を回って訴えた。「あなたのいばしょ」を友人と一緒に構想したのは、大学に入学した後のことだ。

 今月2日。大空さんは数年ぶりに母校・郁文館の門をくぐった。「元気だったか」。温かく出迎えた藤井先生は大空さんの成長した姿に目を細めた。

 4年前の春。「死にたい」というメールを受け取った夜のことは今も忘れていない。「コーキ(=大空さん)の家の前でコーキが出てくるのをずっと待った。もしかしたら最悪の事態が起きているかもしれないとおののきながら。だから髪に寝ぐせをつけて出てきた彼を見たとき力が抜けた。本当にうれしかった」

「奇跡や偶然」を「誰でも確実に」

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