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車づくりの原点では… ホンダはなぜ突然、F1から撤退したのか?

 (2020年10月6日東京新聞に掲載)

 ホンダが自動車レースの最高峰、F1シリーズから2021年限りで撤退すると発表した。電気自動車(EV)開発などの強化を理由にするが、新型コロナウイルスによる販売低迷が影響したことは間違いない。人気ドライバーを擁して強さを世界に見せつけ、一時代を築いたホンダの突然の表明に、自動車評論家は怒りをぶつける。一方、販売につながらないF1に「終わりの始まり」との声も出る。(古川雅和)

「コロナの影響ではない」


 「これからだと思っていたが、とても残念」。鈴鹿サーキットがある三重県鈴鹿市でモータースポーツを応援する「鈴鹿モータースポーツ友の会」の畑川治理事長(73)はホンダの撤退表明に声を落とす。今年は、エンジンを供給するレッドブル・ホンダが2位まで上昇、来年は角田裕毅選手(20)がホンダ系のドライバーになる可能性があり「来年も、その先も、と思っていたのだが」とつぶやいた。


 2日に記者会見したホンダの八郷隆弘社長は「30年に4輪車販売の3分の2を電動車にすることを、さらに加速するため。コロナの影響ではない」と、撤退理由を説明。EVやハイブリッド車(HV)の研究開発に経営資源を集中することが必要で、F1復帰は「考えていない」とした。ただ、「レースはホンダのDNA」とも述べ、スーパーGTや2輪のロードレース世界選手権などは続けると強調した。

セナ、プロストの黄金時代


 ホンダは1964~68年の第1期から、2015年に始まった第4期まで参戦と撤退を繰り返した。第2期の1983~92年にはエンジンを供給したマシンが計69勝を記録。88年はマクラーレン・ホンダのマシンに乗ったセナ、プロストが16戦中15勝を上げ、黄金期を築いた。その後低迷したが、2019年に3勝、今年も動力システムを供給したマシンが2勝と復活の兆しを見せた中での撤退表明だった。

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チャンピオン争いをするAプロスト(手前)とAセナのマクラーレンホンダ =1989年日本GP決勝、鈴鹿サーキットで

時代は環境重視に  


 時代が環境重視に傾く中で、各メーカーはハイブリッド車やEVに重点を移している。F1のエンジン開発費などは年間数100億円と言われ、ホンダも「F1にかけてきた思いを(低炭素化や電動化でCO2を削減する)カーボンフリー実現に向けていく」(広報部)という。

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