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原発は、地方の声はどこへ…福島忘れた総裁選、菅氏も「冷淡」

(2020年9月15日東京新聞に掲載)

 自民党の新総裁に14日、菅義偉官房長官が選出された。党員投票を省略した短期決戦の話題は、派閥の論理で優勢になった経緯や人柄に集まり、東京電力福島第一原発事故の被災地の声はほとんど置き去りにされた。安倍政権の要として原発被害者に冷淡な政策を進め、首相に就任する菅総裁に早くも警戒の声が高まっている。(片山夏子、中山岳)

しらけムードの被災地住民

 「お。始まるな」

 14日午後2時。福島県楢葉町のスーパー経営で元畜産農家の根本信夫さん(83)と妻の静子さん(84)が、居間のテレビをつけた。都内のホテルで開催された自民党総裁選の生中継だ。

 党員投票がない中、注目されたのが地方票141票(各都道府県に3票ずつ)の行方。福島県連は党員・党友約1万5000人の予備選を基に比例配分する「ドント方式」で、各候補に1票ずつ投じると決めていた。

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自民党総裁選のテレビ中継を見る根本信夫さん(右)と静子さん=福島県楢葉町で

 「投票の結果なんだろうけど、何だか公平に分けたみたいになった。党員全員の選挙をしたら、地方に人気がある石破茂さんは浮上したかもしれない。まあ地方の声なんて届かない。政治なんてそんなもんだ」と信夫さんが苦笑する。静子さんも「次の総裁選挙まで1年。そう思ってあきらめているようなところもあるよね」と言う。

 信夫さんは、福島第一原発から約15キロ離れた楢葉町で肉牛や繁殖用の黒毛和牛を飼育していた。事故後も避難した栃木県から牛の世話に通ったが、過労で倒れ、畜産をあきらめた。「売ることができない牛を飼い続けるのは経済的にも体力的にも限界だった」と振り返る。避難指示が解除された2015年に楢葉町に戻ったが、住んでいるのは夫婦2人だけ。同居していた長男夫婦や孫たちは避難先から帰らず、ばらばらに暮らしている。

元党員の複雑な思い

 信夫さんは元党員で、ずっと自民党を支持してきた。町が潤ってほしい、国や国民の生活が安定してほしいという思いからだ。今も他を支持することは考えられないが、原発事故の政府対応には複雑な思いがある。自民党は事故後も主要電源として原発を掲げる。「原発事故で俺らが抱いた思いは、二度と誰にも経験してほしくない。だけどどうすれば原発がゼロになるのか。難しい」

 除染せずに住民を帰還させようしている国の方針にも強い違和感がある。「国策で進めた原発で事故が起きた。安心して戻れる町にすべきだ。国は原発事故が起きた責任を放棄している。今は福島のことが全然話題にならないが、もっと目を向けてほしい。菅さんは秋田の農家出身だから地方は大事だと話していたが、その通りにしてほしい

 午後4時前、大差で決まった菅総裁があいさつした。信夫さんは「多くは語らなかったけど、期待できるんじゃないの」とつぶやき、画面を見つめた。

放射性物質を含む土などを積み、福島県浪江町内の常磐道を行き交うダンプカー=2020年6月

放射性物質を含む土などを積み、福島県浪江町内の常磐道を行き交うダンプカー=2020年6月

 楢葉町でガソリンスタンドを経営する結城定一さん(67)も自民党を支持する一人だ。「総裁選今日だっけ。菅さんに決まったんだ。よかったんじゃないかな」

 党員投票がなかったことについては「民主主義の観点からすると、やるべきだけど、コロナでこれだけ不安の中、政治に空白期間をおけないしね。除染しないで帰すとか、トリチウム水流すとか、風評被害とかいろいろあるけど、全国的に自然災害がこれだけある中、福島だけって言えない」と言葉少なに語った。

五輪の目的も「復興」から変わって

 福島県によると福島第一原発事故を巡る県外への避難者は8月時点で2万9000人余で、県内を含めると3万7000人を超える。原発敷地内には放射性物質トリチウムを含む処理した汚染水がたまり続け、海洋放出が検討されている。溶融核燃料(デブリ)の取り出しも始まっておらず、廃炉作業の完了は見通せない。

 こうした状況でも、安倍政権は「福島の復興」を強弁し、時に利用してきた。安倍首相は2013年9月に東京五輪誘致の演説で「(原発事故は)アンダーコントロール」と発言。「復興五輪」のスローガンを掲げたものの、新型コロナウイルス禍が広がり五輪が1年延期されると「ウイルスに打ち勝った証し」に変わった。

切り捨て路線「継承」に警鐘

 この政権の中枢にいた菅総裁が首相になる。原発事故で南相馬市から横浜市に避難した「原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)」幹事の村田弘さん(77)は「安倍政権を継承する菅さんが自民党総裁に就いたところで、希望や期待は持てない」と話す。「安倍政権は東京五輪を開きたいがために避難者の生活実態に目を向けず、これまで家賃補助や住宅の無償提供といった支援の打ち切りを進めてきた。菅氏が首相になっても、避難者を切り捨ててきた方針が変わるとは思えない」と怒りをにじませる。

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東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策の関係閣僚会議であいさつする菅官房長官(右)=2019年12月、首相官邸で

 菅総裁は原発事故についてどんな発言をしてきたのか。今年6月の官房長官会見では、除染していない地域の避難指示解除に「地元の意見を丁寧に聞きながら、解除要件の見直しも含め、しっかりと検討したい」と言及。総裁選に出馬表明した今月2日の会見では汚染水処理の問題で「次の政権で解決しなきゃならない」と述べ、12日には避難指示が続く福島の沿岸地域への住民帰還を巡って「帰りたい人は皆さん帰れるようにしたい」と発言している。

 ただ、福島の問題で自ら踏み込んだ発言をしたことはほとんどなく、村田さんは「冷淡な印象しかない。自民党の提案を基に復興計画が進む限り、避難者の苦しい状況は続くのではないか」と語る。

 避難者の生活相談などに応じる「避難の協同センター」の瀬戸大作事務局長は「避難を続ける人たちへの支援が次々に打ち切られるなか、『帰りたい人は帰れるようにする』発言には憤りを感じる。自民党の福島県選出の国会議員たちはこれまで安倍政権に同調しており、菅氏が首相になった後も変わらないだろう。避難者への支援が後退し続ける恐れはある」と話す。

人事締め付け、反対意見封殺か

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