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住民投票の署名集めの「はんこ」と母印、まだ必要ですか?

(2020年10月19日東京新聞に掲載)

 行政手続きで不要なはんこを廃止しようと霞が関の全省庁で見直し作業が進む中、市民が「本当に必要か」と疑問視するはんこがある。住民投票条例の制定などを自治体に直接請求する際、署名集めで求められる押印だ。終戦直後から続く法の定めだが、総務省も現在、見直す必要があるかを検討中。識者からも「合理性の乏しい押印をやめて、市民の直接参政権を行使しやすくするべきだ」との声が挙がる。(石井紀代美)

街頭ではんこを持っている人ほとんどいない

 「賛同いただける方に署名の協力をいただいています。印鑑をお持ちでない人は母印でも大丈夫です」

 今月上旬の正午、人通りが増え始めたJR大井町駅前(東京都品川区)で、マイクの声が響く。「品川区民投票を成功させる会」のメンバー5人が駅の利用者や通行人に呼び掛けた。羽田空港の低空飛行ルートの是非を住民投票で問うため、今月4日から始まった署名集めの真っ最中。11月3日まで区内各地で募っている。

 外出中、たまたま見かけて署名したという無職の浜中俊一さん(70)ははんこを持ち合わせておらず、母印を押した。「家を買う時とか契約を交わす時は必要だと思うけど、こういうものにまではんこは要るのかねえ」と浜中さんは首をひねる。

 ITコンサルタントの男性(54)も朱肉で赤くなった指をウエットティッシュで拭きながら「意味がない。まったくばかばかしいけど、法律で決まっているから押さないとね」と苦々しい表情を浮かべた。

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街頭で署名への協力を求める「品川区民投票を成功させる会」のメンバーら=東京都品川区で

スマホなど指紋認証の普及で母印にも抵抗感

 住民投票は、選挙で選ばれた人が政治を行う「間接民主制」を補完する制度。実施する場合、まずは根拠となる条例の制定が必要だ。自治体の首長や議会が発議できるが、地方自治法で、住民にも直接請求する権利が認められている。住民発議の場合は有権者の50分の1の「署名と印」が必要で、はんこのない署名は無効となる。

 「印」の具体的な定めはなく、三文判でもインク内蔵式の簡易型印鑑でもいい。ただ、外出時に常時はんこを持ち歩く人はほとんどおらず、街頭で集める署名は大抵母印となる。1時間弱で6人の署名を集めた間由己子さん(73)は「はんこを持っていたのは1人だけで、あとは母印でした。今日はいなかったけど、母印を押すことに抵抗がある人もいて、『じゃあ、また後にします』と言って断られるケースもあります」と明かす。

 母印を押した紙には、指紋が写る。「何となく嫌な気持ちは分かる」と、メンバーの橋本悦夫さん(69)は言う。「銀行のATMとかスマートフォンとか、至るところで指紋認証技術が導入されている。セキュリティー意識とプライバシー意識の高まりでしょう」

100円ショップで買えるのに意味ある?

 署名簿は自治体に提出された後、署名した人が有権者かどうかが調べられる。選挙管理委員会が、記載された名前、住所、生年月日と選挙人名簿の記載を照合する。

 その作業になぜ押印が必要なのか。同会事務局長の井上八重子さん(63)はどうしても腹に落ちない。署名ねつ造などの不正は許されないが、押印がそれを防げるとも思えない。今の時代、大量生産されたはんこが100円ショップなどで販売され、誰もが手軽に買えるからだ。

 「本人が書いたかどうかは、押印からは分からない。そもそも、人それぞれ筆跡は違うのだから、署名だけで十分。偽造に対する罰則規定もある。直接請求する住民にとっての押印は、合理的な理由のない『ハードル』だ」

総務省は「検討しているところ」

 直接請求制度を所管する総務省行政課によると、地方自治法が施行された1947年から、印を求める規定は変わっていない。

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総務省が入る中央合同庁舎第2号館=東京・霞が関で

 同課の福島雅博係長は「本人が署名したという真正性がより高まる。大量の署名を偽造するためには、多くのはんこを買い集めないといけないので、一定の偽造防止効果もある」と規定の趣旨を説明する。

 戦後の特に地方農村部では、農作業の手伝いで学校に通えず、字がうまく書けない人がいた。はんこも今のように手軽に入手できなかった当時、判読しづらい文字の本人性を押印で補う意味はあったのだが、今は時代が違いすぎる。

 福島係長も「はんこ廃止の流れの中で、署名の押印についても本当に必要かどうかを省内で検討しているところ。なくした場合に、何かまずいことが起きないかなどを整理し、判断していくことになります」と話した。

現場は印より筆跡を重視している

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住民投票の署名集めの「はんこ」と母印、まだ必要ですか?

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