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過ちを繰り返さないために…医療事故調査制度は根付くか

(2020年10月25日東京新聞に掲載)

 医療事故死の原因を調べ、報告にまとめる「医療事故調査制度」が始まって5年。ところが、報告件数は当初の予測を大幅に下回っている。「訴訟を起こされるのでは」と、医師らが制度の利用に消極的になっていることが背景にあるようだ。ただ、報告は再発防止への手引きになる。同じ過ちを繰り返してほしくないと考える遺族が、自分たちの受け取った報告書を公表し始めた。事故から学ぶ姿勢は、医療界に根付くか。 (木原育子)

A4の紙2枚「お粗末」な院内調査報告書

 「母の命が軽く扱われているように感じました。本当にお粗末なものでした」

 東京都豊島区の会社員、山本祥子(さちこ)さん(48)は、静岡県の大型総合病院で、母親の昌子さんを68歳で亡くした。病院が実施した「院内調査」の報告書を受け取った時にこう感じた。A4サイズたったの2枚しかなかったからだ。

 今から5年前の2015年9月3日、昌子さんに食道がんが見つかった。ステージ1。まだ初期だった。抗がん剤治療の後に切除の手術をし、16年のお正月は家族で過ごす。そんな予定を立てていた。

 10月20日から抗がん剤投与が始まった。嘔吐(おうと)が続いて食欲はなく、次第に歩行も会話もおぼつかない状態になった。11月1日には唾液が喉に詰まって1時、心肺停止に陥った。そして11月5日に亡くなった。抗がん剤投与を始めて17日目だった。

第3者機関の報告書で知った「母の最期」

 医療事故調査制度は、その年の10月に始まっていた。医療法で定められた制度で、「予期せぬ死亡」が起きた時、まず院内で調査して報告をまとめる。その結果に遺族が納得いかなければ、第3者機関「医療事故調査・支援センター」にさらに調査を依頼できるというものだ。

 病院は院内調査をし、山本さんは翌年3月にA4サイズ2枚の報告を手にした。ボリュームだけでなく、内容も不十分だった。調査実施者がだれか分からない。時系列の経過はなく、死亡の理由は「不明」。調査の目的である「再発防止」への方策は示されていなかった。

 説明を受けようと山本さんが病院を訪ねた。会議室に山本さんを囲むように10人の医師がずらりと並んだ。「圧迫感のある雰囲気。私には、先生の説明がよく分からず、一生懸命質問したら、失笑された」

 当然、納得がいかず、山本さんはセンターへの調査も依頼した。その報告書はA4サイズ41枚。分刻みの詳細な経過をはじめ、院内調査で示されていなかった内容が記されていた。もちろん、再発防止策も書かれていた。「遺族にとっては、母の最期を知るかけがえのない大事な資料。血が通った報告書で初めて納得できた」

医療事故調査・支援センターが実施した山本昌子さんの死亡についての調査報告書。時系列に詳しく書かれている

医療事故調査・支援センターが実施した山本昌子さんの死亡についての調査報告書。時系列に詳しく書かれている

試算は年間1300~2000件…実際の調査数は

 ただ不十分だったとはいえ、院内調査をしただけこの病院は良心的だったのかもしれない。院内調査は病院が自発的にスタートさせるという制度だからだ。

 ちなみに、制度開始から昨年末まで、病床数600床以上の大型病院241施設のうち、医療事故の報告があったのは約6割の148施設。はたして残る4割の施設では「予期せぬ死」は1件もなかったのだろうか。

 調査数も低調だ。制度の検討段階では、調査は年間1300~2000件と試算されていた。センターによると、実際に院内調査を始めるという報告は年間300件台で推移。今年9月まで5年間の累計は1847件だった。試算が妥当だったか議論はあるが、実際の件数との開きはあまりに大きい。また、山本さんのようにセンターに再調査を依頼したのは135件に上っている。

「医療界は調査に及び腰」遺族が動き始めた

 医療界は医療事故の調査に及び腰。こう感じている遺族らが動き始めた。

 「このままでは病院間で医療安全に対する意識の格差が広がってしまう」。医療事故の当事者らでつくる「医療過誤原告の会」の宮脇正和会長(70)はこんな危機感を持っている。

 どうにかしたいと26日以降、会のホームページで、同意が得られた遺族の院内、センターの報告書を公表する。当初は3人分を予定。宮脇さんは「それぞれの病院やセンターがどんな報告書を出しているか、多くの医師に現実を知ってもらいたい」と語る。

 前出の山本さんも公表に同意した。山本さんは「お医者さんは神様じゃない。人間がやることに間違いはある。だが、真摯(しんし)な説明も反省の言葉もなく、命を軽く考えているような態度が許せない。母の命が医療が変わる一助になるなら喜んでくれるはず」と語る。

院内調査とセンターの双方の報告書を手に、医療の変革を求める娘の祥子さん=東京都内で

院内調査とセンターの双方の報告書を手に、医療の変革を求める娘の祥子さん=東京都内で

医療界からにじむ法的責任追及への恐れ

 一方の医療界。今年5月7日、大学病院長や医学部長でつくる「全国医学部長病院長会議」が文書を公表した。表題は「医療事故調査制度の現状と課題」。全国の大学病院117施設を対象にしたアンケート結果をまとめたものだ。

 そこからにじむのは、制度名にある「事故」という言葉への拒否感と、法的責任追及への恐れだった。

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