見出し画像

毎週金曜夜、首相官邸前。反原発デモは日本の政治風景をこんなに変えた

(2020年10月17日東京新聞に掲載)

 「さいかどーはんたいっ」「いますぐとめろ」。金曜夕、首相官邸前に声が響く。原発に反対する恒例の金曜デモ。中心になってきた首都圏反原発連合が、活動を来年3月末で休止すると発表した。最盛期に20万人(主催者発表)を超えた参加者も、今ではわずか。だが、原発は減少に転じ、さまざまな問題に声を上げる市民や著名人は増えた。金曜デモは社会に大きな影響を与えた。(木原育子、大野孝志)

8年前の官邸前は…「寂しいよね」

 16日午後6時半過ぎ、官邸前。金曜夕を中心に行ってきた386回目のデモには約30人が参加した。太鼓を鳴らしながら、参加者は4拍子のリズムを刻み、「海洋放出勝手に決めるな!」「原発ゼロをさっさと決めろ!」と声を上げた。足を止める通行人はほとんどいない。秋風の寒さに背中を丸めて足早に通り過ぎる。警備する警察官の方が多い。参加者の1人はつぶやいた。

 「やっぱり寂しいよね」

画像1

首相官邸前で反原発を訴える人たち。足を止める通行人はほとんどいない=16日、東京・永田町で

 金曜デモが始まった8年前は違った光景が広がっていた。原発事故から1年後の2012年3月29日。関西電力大飯原発(福井県おおい町)を再稼働しようとする動きに抗議するため、約300人が集まった。ツイッターなどで呼び掛けると、参加者は数千人単位で増えた。

 政治になじみがなかった人も立ち上がった。やがて人波が国会議事堂や官邸を取り囲み、国会から霞が関方面に向かう数百メートルの歩道は参加者でぎゅうぎゅう詰めになった。再稼働決定後の7月29日。最も多い20万人が集まった。

 当時、何度か抗議行動に通った東京都豊島区の主婦、伊藤恵美子さん(57)は「永田町などに出掛けた帰りに立ち寄るなど、日常の中にデモがあった」と振り返る。当時高校生だった塔嶌麦太さん(25)=葛飾区=も「声を上げる行為自体が民主主義を担保する」と信じた。大学進学はせず、現在も立石駅前の再開発事業の反対活動に関わる。「あのデモで官邸前は意味のある場所になった」

 神奈川県葉山町の保育士、紅林優子さん(47)も当時初めてデモに参加した。最初は「市民の力で脱原発が成し遂げられる」と思った。次第に足は遠のいた。「デモに参加することで社会を変えられると思ったけど、結局何も変わらなかった。脱原発の思いは今も胸にある。けれど、もう行動には移せていない」

①反原発デモ

国会前で原発再稼働反対を訴える人たち。事故から年月が過ぎても節目には多くの人が集まった=2016年3月11日、東京・永田町で

パラダイムシフトとはならず 3月末で区切り

 脱原発はいまだ果たせていない。とはいえ、推進の動きには事故後、歯止めがかかっている。

 2011年3月に54基だった商業用原発のうち、24基は廃炉方針。再稼働が認められたのは9基で、動いているのは大飯原発4号機と九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)。11月3日にはその大飯原発も定期検査で止まる。政府が原発を「重要なベースロード電源」と位置付けていても、現実は「原発ゼロ」に近い状況が続いている。

 しかし、デモを率いてきた首都圏反原発連合の中心メンバー、ミサオ・レッドウルフさんは「脱原発というワンイシュー(1つの問題)で戦ってきた。行動は全国に広がったが、パラダイムシフト(劇的な転換)まで持ち込めなかった。心から悔やまれる」と語る。

 参加者の減少や資金難。そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。そんな理由から、反原発連合は来年3月末に活動休止の区切りを付けることを決め、2日付で発表した。

芸能人にも声を上げていいと気づかせた

 では、運動は失敗だったのだろうか。

 夏の夕暮れ。若い母親が飲み物を飲み、道端にちょこんと腰掛けた幼い男の子が、足をぶらぶらさせてパンをかじっている。そこへ父親が駆け寄り、ネクタイをほどいて、親子3人で官邸前へ―。こんな光景が、作家落合恵子さんのまぶたに残っている。

 金曜デモに7、8回参加した。落合さんは、この親子の姿に「何かが変わる予感がした。男が1人で参加するというデモのイメージが、柔らかく崩れた」と振り返る。「誰の心の中にもあって、表に出すのがためらわれることに窓を開けたのが金曜デモ」と落合さん。「個人でも家族でも友人でも、誰でも金曜日に来ればいい。おかしいと思った人は、おかしいと思ったときから声を上げていいのだと気付かせてくれた」

 金曜デモが盛り上がってから、政治的な発言はご法度とされる芸能人や著名人も声を上げるようになった。その動きは反原発にとどまらなかった。

 15年の安全保障関連法案、国の待機児童政策を巡る16年の「保育園落ちた日本死ね」、17年の共謀罪などで、市民は官邸や国会の前に集まり、うねりを起こした。

若者たちも手法や場所を参考にして

 「政治に無関心」と言われる若者も動いた。

画像3

この続きをみるには

この続き: 1,152文字

毎週金曜夜、首相官邸前。反原発デモは日本の政治風景をこんなに変えた

東京新聞 特報Web

100円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

ありがとうございます。いただいたサポートはさらに読み応えのある記事にしてお返しします!

ありがとうございます! 書いた記者に伝えます!
3
東京新聞で半世紀以上続く名物ページ「こちら特報部」の記事を配信します。モットーは「ニュースの追跡」「話題の発掘」。無料公開の公式サイト「東京新聞 TOKYO Web」https://www.tokyo-np.co.jp では読めない記事がここにはあります。

こちらでもピックアップされています

安倍政権の7年8カ月
安倍政権の7年8カ月
  • 33本

安倍政権の7年8カ月を「こちら特報部」の記事で振り返ります。(過去記事も随時、追加していきます)