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日本学術会議の問題で政府が連発する「総合的、俯瞰的」って?

(2020年10月9日東京新聞に掲載)

 「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を確保する観点から判断した」。日本学術会議の新会員候補6人の任命を拒否する理由として菅義偉首相が挙げた、この言葉が波紋を広げている。抽象的で意味が分からないという世間の声をよそに、政府が国会でも記者会見でも連発し、具体的な説明を避けているのだ。そもそもいつごろから使われている言葉で、本来どんな意味なのか。(石井紀代美、古川雅和)

90年代から使われてきたフレーズ

 政府が「総合的、俯瞰的」と答弁する根拠にしているのは、政府の総合科学技術会議の下の調査会が2003年にまとめた報告書だ。当時日本学術会議の廃止論を唱える声が出ており、存続を認める条件として「総合的、俯瞰的な活動」が書き込まれた。

 それは具体的にどんな内容を指していたのか。学術会議の歴史をたどると、もう少し前、橋本龍太郎内閣で省庁再編が議論された1997年ごろから、「総合的、俯瞰的な活動」という言葉が使われていた。

 証言するのは、当時学術会議の会長を務め、国会でも参考人として意見を述べた吉川弘之・東京大名誉教授だ。97年の会長就任後間もなく、学術会議の月刊誌への寄稿で「俯瞰的」という言葉を強調したという。

学問全体は「鳥の目」で見渡すのが必要

日本学術会議元会長の吉川弘之さん

日本学術会議元会長の吉川弘之さん

 「哲学、天文学、経済学など、学問分野は約30ある。学術会議が社会に対して役立つ助言をする役割があり、そのためには、空から見下ろす鳥のように、全領域をくまなく見渡す目が必要だという意味で用いた」

 社会が学問の知識を実際に使うとき、1つの学問分野ではおさまらず、多分野にまたがった知を必要とする。例えば食料問題の解決に、冷害や干ばつに強い遺伝子組み換え作物を開発・利用しようとする場合、生物学や環境学、経済学などの知を総動員し、さまざまな方面への影響を考える必要があるという意味だ。

6人拒否は俯瞰視点を失う危機

 また、研究者が各専門の利益代表になってはいけないという意味もあった。例えば、特定の分野の研究者が何千億円もする実験装置を欲しがったとしても、全体を見渡し「今、費用を傾けるべき分野は何か」を判断する力が学術会議には必要なのだという。吉川氏は「『総合的』という言葉も意味は同じ。俯瞰的な視点から、ばらばらな状態にしておくのではなく、総合するということ」と説明。今回、6人の新会員候補の任命が拒否されたことについて「科学者が出した『俯瞰的視点』が変わってしまう」と危ぶんでいる。

 学術会議の元会長の黒川清・東京大名誉教授は「『総合的、俯瞰的』と繰り返すのは理由が言えないから」などと、元副会長の戒能通厚・早稲田大名誉教授は「学術会議への侮辱」などと語っている。

「総合的、俯瞰的」という表現が盛り込まれた総合科学技術会議の文書「日本学術会議の在り方について」

「総合的、俯瞰的」という表現が盛り込まれた総合科学技術会議の文書「日本学術会議の在り方について」

 こうした日本学術会議元会長などの見解は、「総合的、俯瞰的」を使った答弁に反映されているのか。

首相インタビューでは具体的理由に触れず

 同会議を担当する内閣府人事課に尋ねたが、「目的を果たすために、業績にとらわれない広い視野に立って活動を進めてもらう必要がある」といった説明を繰り返すばかりで、学際横断的なニュアンスが十分出ているかは心もとない。

 そもそも菅首相の口から「総合的、俯瞰的」という言葉が出たのは、5日の内閣記者会のインタビューだった。任命拒否の理由について「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断した」と話したが、具体的なことは触れなかった。

 拒否された6人はいずれも人文社会系だが「同じようなことは自然科学系でも起こりうる」と、東京大社会科学研究所の佐藤岩夫所長は懸念を示す。政府の政策と異なり、反原発の立場で再生エネルギーの研究、宇宙や海洋の平和利用に取り組む学者が拒まれる恐れは否定できないからだ。「今回の問題を人文社会系だけに矮小(わいしょう)化してはいけない。科学、学術の多様性が問われている」

「善処します」と同じ政治用語「空疎な言葉」

 それだけに「総合的、俯瞰的」の具体的な説明は必要なはずだが、今のままでは「意味など誰も分からない」(明治大の西川伸一教授)。福島大の三浦浩喜学長も7日の定例記者会見で「具体的に説明してほしい」と訴えた。

 政治評論家の有馬晴海さんは「総合的、俯瞰的という言葉は政治用語。善処します、と同じで、言わなくても分かるでしょうということ」と語る。だが、それは政治の世界の話だ。西川さんは6人を外すために「探し出して、とってつけた言葉」と指摘する。皮肉を込めて「空疎で美しい言葉」とし、「総合的に判断と言われてしまえば、反論できない。今後もこの言葉が使われるのではないか」と警戒する。

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